大判例

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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)7418号 判決

原告

狛  江  市

右代表者市長

石 井 三 雄

右訴訟代理人弁護士

石 葉 光 信

上 村 正 二

石 葉 泰 久

石 川 秀 樹

被告

株式会社エール興産

右代表者代表取締役

山 崎   順

右訴訟代理人弁護士

古 川 祐 士

右訴訟復代理人弁護士

松 江 康 司

及 川 健 二

主文

一  被告は、原告に対し、金三四九三万三三八0円及びこれに対する昭和六0年七月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は地方公共団体であり、被告(旧商号サマリヤ興産株式会社)はマンション、住宅の建設企画及び分譲を目的とする株式会社である。

2  被告は、狛江市東和泉町一丁目二三七四番一に地下一階地上一0階建の鉄筋コンクリートマンション「狛江グリーンプラザ」(以下「本件建物」という。)の建築を計画していたところ、昭和五八年二月一七日、原告との間で右建物建築に伴う協定(以下「本件協定」という。)を締結し、もって原告に対し左記各金員(以下「本件負担金」という。)を支払う旨約束した。

(一) 公共下水道施設整備費 四五四万0三五四円

(その後建築面積変更に伴い、四五八万五一七五円に変更)

(二) 公園緑地整備費 一五三六万九000円

(三) 義務教育施設等整備費 一九五六万四三八0円

3  しかし、被告は、原告に対し、昭和五九年五月二四日に右(一)の四五八万五一七五円を支払ったが、その余の支払をしない。

4  よって、原告は、被告に対し、本件協定に基づき、未だ支払のない右(二)及び(三)の合計金三四九三万三三八0円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六0年七月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び3の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

被告が原告主張の協定書に調印したことはあるが、左記(一)及び(二)の事情に照らし、本件負担金は、これらを納入する義務があるものとして原告から被告に対し一方的に数字が示されたものであって、被告が任意に合意したものではない。

(一) 被告は、原告の施行している狛江市宅地開発指導要綱及びその取扱基準(以下、それぞれ「本件要綱」及び「本件取扱基準」という。)に基づく原告の行政指導に従い協定書に調印したものであるが、右要綱及び取扱基準においては、狛江市内で一000平方メートル以上の宅地開発行為及び中高層建築物で二0戸以上の住宅建設を伴う宅地開発行為については、事業計画審査願及び事業計画承認願を「提出しなければならない」旨定められているうえ、公共施設に関し、公園施設を無償で提供するか公園緑地整備費を納付すること、公共下水道施設整備費及び義務教育施設等整備費を「納付しなければならない」ことがいずれも義務的な形で規定されている。そして、その金額は画一に定められた算式で機械的に算出されるもので、整備費を負担する者には何ら選択の余地がない。更に、本件要綱には、建築主が要綱に従わない場合に、上下水道の利用その他建物に居住する者の生活上必要な事項について原告が協力を拒むことができる旨の抑制的措置が規定されているから、建築主は本件要綱に従わなければ結局建築を断念するより他はない。

このように、本件要綱は、いわゆる指導要綱の一種であって元来法的拘束力を有しないものでありながら、これに従うことが法的義務であるか又は法的義務と同様の拘束力を有するかのような規定の仕方になっている。

(二) そして、原告は、本件要綱の実施に当たっても、これがあたかも法的拘束力を有することを前提として建築業者に対する行政指導を行なっており、被告に対しても同様であった。

すなわち、被告は原告からの指示により、昭和五八年九月一三日原告との間に本件建物建設に関する調整会議を行ない、本件要綱の概要を含む指示説明を受け、同年一一月一0日から一二日にかけて原告の各担当課との間に具体的な内容の調整会議を行なったが、右調整会議における「協議」の現実は、もっぱら原告の一方的な指示を被告が了承するだけのものであって、被告の任意性を尊重したものではなかった。本件負担金に関する協議についても、その内容は、本件要綱に基づき単純計算した結果を原告が一方的に指示したものにすぎなかった。したがって、被告が協定書に調印したのも右指導の結果であり、協定書の内容は原告の一方的指示に基づくものにほかならない。

三  抗弁

1  地方財政法違反

本件負担金は、建築主がその支払を法的に義務づけられているものではなく、寄付金に他ならないところ、これは、結局本件建物(マンション)を購入して原告の「住民」となる者が間接的に負担するものである。そして、右「住民」には、これを納付するか否かを選択する余地がないから、強制的徴収か又はこれに相当する行為による寄付金であり、地方財政法四条の五(割合的寄付金の禁止)の規定に違反するものである。したがって、本件負担金は被告に対し請求することができないものである。

2  要素の錯誤

被告は、本件協定当時、本件要綱には法的拘束力がなく本件負担金の支払は被告の法的義務ではないのにもかかわらず、本件要綱に基づく原告の指示に従うことが本件建物建設に際しての法的義務であると理解し、また、少なくとも、これに従わない場合には本件建物の建築を断念せざるを得ないと誤信していたし、さらに本件要綱が地方財政法四条の五に違反していることを知らなかった。そして、この誤信は、本件協定締結の直接の動機となっているものであるから、本件協定は要素の錯誤により無効である。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認ないし争う。

原告の担当者は、被告に対し、本件要綱に法的な拘束力がある旨や協定を締結しなければ上下水道等につき協力をしない旨述べたことはないし、そのようなことを前提とした対応は一切していない。

被告は、本件要綱に従うことをもって本件建物建設に際して発生することが予想される近隣住民の建設反対運動を抑止し、もって建設に伴う利益をより迅速にあげ得るとの考慮に基づき、本件要綱には法的拘束力がないことを知りながら、任意に本件協定を締結したものである。

五  再抗弁(抗弁2に対し)

被告は、マンション等の建築、販売の専門業者であるところ、昭和四九年以降武蔵野市の宅地開発指導要綱に関し民事、刑事上の問題が発生したことを契機として、宅地開発指導要綱に強制力がないことはマンション建設業界に広く知れ渡っていたものであるから、本件要綱に法的拘束力があると考えて本件協定を締結したのであれば、被告には重過失があったというべきである。

六  再抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び3の事実は当事者間に争いがない。

二1  〈証拠〉を総合すれば、本件協定書が作成されるに至る経過として、以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  昭和四0年代以降、大都市周辺地域においては大規模な集合住宅の建設や住宅地開発が盛んに行なわれるようになり、人口も急激に増加したため、関係地方公共団体は無秩序な開発による住環境の悪化を防止するため、上下水道の施設増強、道路の新設改修、公園の新設及び小中学校の増設、拡充等の対策に迫られた。

ところが、都市計画法等の関係法令は右対策として十分な実効性を持つものではなく、地方公共団体の財政負担能力にも限界があったので、各地方公共団体は、良好な住環境を確保しつつ良質な住宅及び宅地の供給を促進するため、宅地開発指導要綱を制定するに至った。

(二)  東京都下の市の一つである原告も、右に示したとおりの経緯から、市内における無秩序な宅地開発を防止し、かつ中高層建築物等による被害から地域住民の生活環境を守るとともに、必要な公共施設及び公益的施設の整備をはかるため、その事業主に対して協力と応分の負担を要請し、必要な指導を行ない、もって「住みよいまちづくり」の実現を図ることを目的として、昭和四六年一一月一五日本件要綱を、昭和四八年二月その事務取扱いの基準として本件取扱基準を制定し、以後これらに定められたところを指針として、原告市内において行なわれる宅地開発行為(原則として、一000平方メートル以上の開発行為及び中高層建築物で二0戸以上の住宅建設を伴う開発行為。)につき、事業主体に対し、事前協議の形式により、事業計画、費用負担及び電波障害等に関する行政指導を行なってきた。

(三)  マンションの建築事業について行なわれる右事前協議の通常の手順は、まず当該マンションの平面図が出来た段階で事業主が市長に対し事業計画審査願を提出して事前協議を申し入れると、原告の各課の担当者と事業主側の関係者が一堂に会し、事業計画の概要説明とこれに対する質疑を内容とする調整会議を開いた後、具体的な問題に関し事業主と担当各課との間で個別協議が持たれ、右協議が整ったところで事業主が市長に対し協議結果を基にした事業計画承認願を提出し、協定締結に至り、しかる後に建築に着工するというものであった。

(四)  また、本件要綱には、本件の各負担金について、事業主が公共下水道施設整備費、公園緑地整備費及び義務教育施設等整備費を納付しなければならない旨(ただし、公園緑地整備費は、事業主が原告に無償で提供する旨定められた公園施設に代えるものである。)が定められているとともに、右各整備費の算定根拠となる数式が示されていた。すなわち、

(1) 事業主が納付しなければならない公共下水道施設整備費は、建築面積から土地の面積を控除した数に一九00円を乗じた数とされていたので、本件建物についてこれを計算すると、本件建物の総面積は三五五六.七八平方メートルであり、本件建物の敷地面積は一一四三.五三平方メートルであるから、請求原因2(一)のとおり四五八万五一七五円となる。

このように土地の面積を減ずるのは、下水道事業開始時に土地所有者から既に受益者負担金を徴収していたからであり、一九00円の算出の根拠は、原告市において下水道事業に要する諸経費(国及び都からの補助金を控除したもの)を下水道事業の供用区域で除した数が約一九三0円となるためであった。

(2) また、事業主は、原則として事業面積の六パーセントに当たる公園緑地施設を整備し、無償で原告市に提供しなければならないものとされ、その提供する公園面積が一00平方メートル未満である等の場合には、事業面積に0.0六と近傍平均地価を乗じた額を公園緑地整備費として納付することによって代えることができることとされていたので、本件建物のそれを計算すると、当時の公示価格から算出される近傍平均地価が二二万四000円であるから、請求原因2(二)のとおり一五三六万九000円となる。

このように六パーセントとなっているのは、都市計画法では三パーセント以上の公園緑地の設置が開発許可の条件となっていることを参考として、原告市では六パーセントの緑地を確保したいと考えたことによる。

(3) さらに、事業主は、義務教育施設等整備費として小学校分と中学校分として算出された額の合計額を納付しなければならないものとされている。そして、小学校分は、計画戸数から納付免除の最低戸数である一九戸を控除した数に、一世帯平均児童数である0.四五人、一児童当たりの要面積一三.五平方メートル、学校近傍地価である二二万円、計画戸数に応じた係数(二0戸以上三0戸以下の場合は一)を乗じた額とされ、中学校分は、計画戸数から一九戸を控除した数に、一世帯平均児童数である0.二二人、一児童当たりの要面積一七.三平方メートル、学校近郊地価である二二万円、前記の係数を乗じた額とされているので、本件建物について算出すると、計画戸数が二八戸であるから、請求原因2(三)のとおり一九五六万四三八0円となる。

(五)  被告は、昭和五七年八月一0日、本件建物建設に関する事業計画審査願を提出した。そして、同年九月一三日、被告側から岩松開発企画部副部長、森川業務部長らが出席して原告担当者との間で調整会議が行なわれた。右会議においては、原告側の司会者が「要望事項は原則的に守ってほしい。」旨述べた後、質疑が行なわれ、その席上原告の各担当者が、本件要綱に定められた算式に従って計算した本件各負担金の具体的な金額、算出根拠及び支払時期等を説明し、その負担を求めた。

(六)  その後、被告は、右調整会議の内容を踏まえ、本件各負担金を支払った場合も事業の採算が合うかどうかを社内で検討したところ、採算が合うとの結論に達したので、同年一0月二日から同年一一月一三日までの個別協議において各負担金の額を確認したうえ、その納付を了承した。

(七)  そして被告は同年一一月一三日事業計画審査願を提出し(右審査願に添付された被告作成にかかる「狛江グリーンプラザ調整会議協議書」には、本件各負担金の支払を求めた原告の指示に従う旨の被告の回答が記載されていた。)、原告と被告とは、昭和五八年二月一七日付けで、下水道施設整備費、公園緑地整備費及び義務教育施設整備費として原告主張のとおりの金員を被告が納付しなければならない旨の内容を包含する本件協定を締結するに至った。

以上の事実を認めることができる。

2  右認定した事実によれば、請求原因2の事実を認めることができる。

被告は、本件負担金について原告から納入する義務があるものとして一方的に数字を示されたもので、被告が任意に合意したものではない旨主張するが、右認定のとおり、被告は、調整会議の席上原告から本件負担金の納付を要望され、社内で検討を加えた上で納付を了承したものであるから、本件負担金の支払はまさしく被告が原告との間で任意に合意したものと認めるのが相当であるので、右被告主張は理由がない。

三抗弁1(地方財政法違反)について

1  まず本件協定が地方財政法四条の五に違反するかどうかの点を判断する。

2  地方財政法四条の五にいう寄付金を「割り当てて強制的に徴収する」とは、地方公共団体等がその住民に対し、公権力を利用して強圧的に寄付をさせることであり、住民側において寄付に応じない場合には不利益をもたらすべきことを地方公共団体において暗示する等社会的心理的に圧迫を加える場合を含むものと解するのが相当である。

そこで、本件負担金を支払う旨の合意の形成過程において、原告から被告に対し、右の社会的心理的圧迫が加えられたかどうかについて検討すると、〈証拠〉によれば、本件要綱5項(4)には「この要綱を無視して宅地開発を施行した事業主に対して、市では上下水道等生活に必要な施設その他について必要な協力を行なわないことができる。」との規定が置かれていることが認められるところ、右規定の文言は後記武蔵野市の事件において問題とされた給水拒否等の措置を想定しているもののようにも見受けられ、もし原告が実際にかかる措置を執り得ることを前提としているのであれば、これは事業主に対する事実上ではあるが強力な制裁であって、水道法違反の問題をも生じ得る可能性があるだけでなく、寄付に応じないことに対して不利益を与えることを暗示するものとして地方財政法に違反する疑いもあり、そもそも要綱中にそのような趣旨に読み取れるような規定が存置されていること自体その妥当性には問題がある。しかし、開発負担金の支払について合意しない事業主に対し、原告において直ちに不協力の措置を発動する意思があったことを直接認めるに足りる証拠はないから、右規定の趣旨が右のようなものであるか否かは、結局、本件要綱に従わなかった場合の運用の実態に係るところ、本件全証拠によっても、原告の担当者が本件協定の締結に際し、本件各負担金の支払に同意しなければ、ことさら被告に不協力の措置を取る等不利益な扱いをする旨示唆して協定の締結を迫った事実は認めるに足りないし(倉持証人は、冗談ともとれるが、としたうえで、調整会議の席上原告の下水道の担当者が被告において原告の要望に従わない場合には下水管をコンクリートで塞いでしまうこともあり得ると発言した旨供述するが、証人小川保雄の証言に照らし採用することができない。)、また、これまで、原告が開発指導要綱に従わない事業主に対し、上下水道の給水拒否等の措置を執ったことを認めることのできる証拠もない。かえって、〈証拠〉によれば、要綱に基づく建築協定締結についての話合いがもたれたが、妥結するに至らず、要綱に従わないままマンション建築を実施した事業主もあったが、原告はこの事業主に対しても、上下水道の給水拒否等の措置を執っていないことが認められる。

そうすると、本件要綱中の規定には、指導に応じない場合の不利益を暗示する趣旨のように解される余地があり、妥当性を欠くものも存するが、右認定の運用の実態に照らすと、原告の本件要綱に基づく指導及びそれに帰因する本件協定による公共下水道施設整備費等の支出約束が地方財政法に定める「寄付金」を「割り当てて強制的に徴収する」場合には該当しないものといわざるをえない。

3  したがって、本件協定は地方財政法に違反するものではないから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

四抗弁2(要素の錯誤)について

1  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  昭和四九年、武蔵野市が、宅地開発指導要綱に基づく指導に従わなかった建設業者に対し当該マンションにかかる上下水道の利用申請を拒否したことに端を発した紛争は、民事及び刑事の訴訟にまで発展したところ、東京地方裁判所八王子支部は、昭和五0年一二月仮処分申請事件の決定において指導要綱は正規の法規ではなく、関係業者に対し指導方針を明示したものにすぎない旨判示し、また刑事事件においては、昭和五三年、武蔵野市長が水道法違反により起訴され、これらの経過は当時広く新聞記事に取り上げられた。

また、昭和五七年六月には福岡県の建設業者が同県内の地方公共団体を被告とし宅地指導要綱の違法性を問題とした行政訴訟の提起を検討している旨の新聞報道もなされた。

(二)  被告は、昭和五二年六月の設立から本件協定締結までの間に、東京都下を中心として数十棟のマンションを建設し、分譲販売した実績を有し、調整会議に出席した被告の関係者のうち少なくとも岩松及び森川は、マンション建設事業に関し相当の専門的知識を有していた。

(三)  被告は、本件協定締結以前江戸川区においてマンション建設を計画していたところ、同区にも本件要綱と類似の宅地開発指導要綱が制定されていたので、昭和五六年一0月ころ同区との間で協定を締結し、開発負担金(義務教育施設整備負担金)の支払を合意した経験があった。

(四)  調整会議の席上、原告建設管理課の担当者が本件建物の南側に位置する道路を公道まで延長し、右延長部分を原告に譲与するよう求めたところ、森川は「とても無理です。」と述べてこれを拒否し、右の点については原告の要望が容れられなかった。

以上の事実が認められ、これによると、開発指導要綱に従うことが必ずしも法律上の義務ではないことは、本件の事前協議が持たれたころまでに全国のマンション建設業者に広く知れ渡るところとなったことを推認することができ、右推認事実と、前記認定事実を総合すれば、被告の関係者は、本件協定に際し、本件要綱に基づく原告の行政指導には法的拘束力がなく、したがって、原告の行政指導に応ずるか否か、本件各負担金の支払義務を負うか否かは被告の任意の意思にかかることを十分認識していたものと推認することができる。

2  次に、〈証拠〉によれば、本件協定上は昭和五九年二月二九日までに本件負担金を支払う旨定められていたところ、被告は、昭和五八年六月経済的理由により本件負担金の支払を本件建物が竣工した後である昭和五九年四月三0日まで延期したい旨の申請をしていたこと、被告は右延長後の期限の経過した後の同年五月二四日、本件負担金のうち比較的少額である公共下水道施設整備費を支払ったこと、ところがその後本件建物の隣地に建設予定のマンションに関し、事業主(隣地の所有者)が本件要綱には法的な拘束力がないから開発負担金は支払う必要がない旨主張し、被告にも支払をしないように働きかけるとともに、右支払を求める原告の指導に従わないで建築をしようとし、原告もやむを得ないものとしてこれを了承したため、これを知った被告代表者は、負担金を支払わずにマンションを建設する事業主がいることが不公平であると感じたこと(右事業主は、結局、マンション建築にも着工しなかった。)、そして被告は本件訴訟代理人である古川弁護士に相談した結果、同年七月原告に対し本件協定の錯誤無効を主張するに至ったこと、しかしながら、被告はその後同年一二月小金井市に建設のマンションに関しては同市の指導要綱に従って教育施設整備費を支払っていることが認められ、これらを総合すれば、被告は、当初は経済的な事情により本件負担金の支払を延伸していたところ、後に指導要綱に基づく施設整備費等の支払をしないままマンションを建築することの容認される例があることによる不公平感から支払を拒絶したものと推認することができる。

3  被告は、本件協定締結に際し負担金の支払を法律上の義務と誤信していた旨主張し、森川証人及び今藤証人はいずれも右主張に沿う供述をしているが、右1及び2で検討したところに照らし採用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。〈証拠〉によれば、前記森川は、本件要綱に基づく原告の指導には法的な拘束力がないことを認識はしていたが、本件要綱に従わなければ、事実上マンション建築がスムーズには進行しないであろうと推測し、速やかに本件建物の建設分譲を行なうためには、本件要綱に従わざるを得ないと考え、原告の指導を受け入れることとし判断していたことが窺われるにすぎない。

なお、〈証拠〉によれば、被告が指摘するとおり、本件要綱の事前協議及び負担金に関する条項は「ならない」というあたかも事業主の義務を定めるかのような表現をとっていることが認められるところ、このような表現は事業主に対し原告の指示に従うことが法的義務であるとの誤解を生じさせる虞れのあるものということができる。しかし、本件全証拠によっても、本件協定締結当時、被告が右条項の表現を根拠として負担金の支払が法律上の義務であると誤信していたという事実までは認めるに足りないから、右条項の文言如何により前記1の推認が左右されるものではない。

4  また、被告が主張するところの誤信は動機の錯誤であるから、被告が本件協定の無効を主張するためには右動機が明示ないし黙示に表示されていたことを要する。しかしながら、かかる明示の表示があったことを認めるに足りる証拠はないし、調整会議の席上本件要綱に法的な拘束力があるかは話題に上らなかったこと(右事実は倉持証言により認められる。)、本件協定に先立ち森川あるいは岩松が原告都市計画部計画課の谷田部課長に対し「協力できるところは協力しますのでよろしくお願します。」と述べていたこと(右事実は谷田部証言により認められる。)に照らすと、黙示の表示の存在も認めることができない。

5  そうすると、抗弁2もまた理由がない。

五よって、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中康久 裁判官三代川三千代 裁判官太田晃詳は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官田中康久)

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